Democratic People's Republic of Korea Tour Report

平壌市〜板門店 ハイウェイから見えた農業、生活、道路。 the 3rd day

 実質的には今日が最終観光日とな る。板門店へ行くため平壌板門店ハイウェイを走った。
 市街地はすぐに終わり広大な平野が目に入ってきた。林や森は全然見えない、農地は十分確保されているように見えたが、山の上まで耕した跡 がある。土はレンガ色で、道路際の畑でさえ、表面は乾燥しており、保水力に乏しい土壌のようだ。とうもろこしが成長しているのを見るとホッとする。土曜日のせいか(^^;)農作業に従事している人はほとんど見かけなかった。道路際(シツコイ)で、しゃがみこんでかなり細かい作業をしている人達がいたが、面積と作業形態が何かちぐはぐだ。大型の農耕具やトラクターはあぜ道に放置されているように見えた(現役なのか?)、農耕馬、牛も殆ど見かけない。
 農繁期には国をあげて手伝うということだが、その様子を想像するのは私には難しい。
 毎年観察しているわけではないので例年に比べてどうなのかは判断できないが、素人目には機械化によってかなり改善できる余地があるのではないかと思ってしまう。

 住宅は朝鮮様式のかなり古いもの(殆ど遺跡のように見えたが)や、アパートが目についた、これはあとで見た立体模型をそのまま大きくしたように見える。ハイウェイからはかなり離れていることや、バスがかなりのスピードなので詳しいことはわからないが、新築の家屋は見かけなかった。

 ハイウェイにはガードレールがない。路面はアスファルト舗装ではないようだ、轍はなくフラットだが路面は結構荒れていて、側溝等の排水設備も見当たらず雨の日には少し心配だ。中央分離帯には所々に切れ目がありツアーメンバーがサービスエリアに忘れ物をしたときにはそこを通って引き返したりもした。もちろん料金所はない。
 何の前触れ(作業中の表示)もなく路側帯、中央分離帯で植樹の剪定作業をしている人や、さらには道路の中央でしゃがみ込んで補修或いは草取りをしている人がいた、その脇をバスはすごいスピードで通り過ぎて行ったが、何事もなかったかのように作業を続けていた。
 車の通行量はかなり少ない、しかもほとんどがトラックだ。ツアーバスがトラックなどを追い抜くときにはクラクションを鳴らしながら行くが、こちらがバスのせいか、双方とも感情的になっているのでないかと思えたが、これは気のせいなのだろうか?
 片道約170kmの走行中ドライブインが一ヶ所だけあり、帰りにはそこの売店でアイスクリームを買った。一度溶けたものを再凍結させて石のように鍛え上げたものと思われた。金属製スプーンをもってしても打ち砕くことができず、時間もないので残念ながら食べるのを断念した。
 路側帯を何人もの人が歩いていた、横断する人もいる。みんな一様に日焼けして真っ黒だ。
 いったい彼らはどこからやってきて、どこへ行くのだろうか?人家との位置関係からすると何日も歩くのではないだろうか。

 板門店が近づくと案内員は軍事境界線についての説明の後、「イムジン川」を日本語で歌ってくれた。まるで、映画の1シーンでもあるかのようだった。
 「ソウルまで70km」の道路標識は残念ながら撮りそこなってしまった。そしていよいよ板門店だ。
 所々に人家がある(当たり前だが)。この家屋は日本の賃貸アパートのように見える、同じ外観の建物がいくつも建っていた。家の中はどうなっているのだろうか。靴を脱ぐのだろうか、台所は、畳は、布団は、トイレは?
 唯一のサービスエリア。売店、レストラン、トイレはあるがガソリンスタンドはない。
 我々以外にも、数台の乗用車の客がいたが、車を本線上に置いたままにしていた。

板門店 panmunjom

 コンクリート製の頑丈そうな門をくぐってバスから降りると小さな講義棟があった。そこで軍事境界線について説明する北朝鮮の軍人と通訳
 ここでは比較的冷静な北朝鮮側による概要説明と状況分析があり、どこの国からの訪問者に対しても同じような内容なのではないかと思われた。
 中国人観光客に対する説明にも紛れて一緒に聞かせてもらった。
 説明が終わったあと反対側のゲートを徒歩で通り抜けて、またバスに乗る。ここは一人ひとりチェックということらしい。バスには北朝鮮の軍人が乗り込んで来た。

 停戦協定調印場 例の国連旗はなくなっていた、ついに捨ててしまったのかと思ったら、現在補修中であるとのことであった、どのようになって戻ってくるのだろうか。
 ここでの軍人の話は説明ではなく「わが民族分断の悲劇の責任はあなた方の国にもある・・・。」で始まるかなり長いものであった。通訳もかなり緊張しているのがわかる。そして最後は「民族の統一問題にはあなた方の国は決して介入しないで欲しい(大意)。」で締めくくられた。
 ここでは中国人のグループと一緒でなかったので、彼らにどういう説明をしているのかは聞けなかった。

 走行中のバスから見えた建物は帰らざる橋の北朝鮮側の歩哨所だろうか。なぜか説明はなかった。

 軍事停戦委員会会議場 北朝鮮の軍人は真っ直ぐで微動だにしない、人形のように見える。この構図は様式美の世界で政治と言うより彼らの美学を感じてしまう。しかし、写真中央の黒いコンクリートの線こそが軍事境界線なのだ。
 講義棟で地図と模型を使って、現在の様子を説明する軍人と通訳。  停戦協定調印式場の北朝鮮旗
 説明がなかったので詳しいことは不明だが
帰らざる橋の歩哨所と思われる。
 映画JSAエピソード2をここで撮影する日が来るのだろうか 軍事停戦委員会会議場
 軍事停戦委員会会議場内部 会議場奥の2名の軍人の前のテーブルが軍事境界線、机上にはマイクの線が這っていた。韓国側の軍人が外から覗き込んでいたが、北朝鮮軍人と一緒に行動する我々を見て何と思っているのだろうか。非武装地帯のため軍人の装備はピストルだけで小銃などの武装はなかった。

 アリラン祭典のため北朝鮮側の観光客が多く、韓国側からの観光客が停戦会議場に入れないこともあるようで、ここでも南北の駆け引きがあるようだ。

 板門閣(北朝鮮)から、会議場、自由の家(韓国)を望む。 右から2番目の青い棟の内部が左の写真。
 軍事停戦委員会会議場内部  奥の建物が韓国の自由の家

 黄海で南北間が砲撃戦を交わしているさなかに、軍事境界線で観光をしていたことを帰国してからのTVニュースで知った。
 国境ではなく軍事境界線であるということを帰国してから実感するという皮肉な結果となった。
 板門店を出るときには、笑顔で手を振りながらバスから降りていった北朝鮮軍人を拍手で送った。

開城市 kaesong

 開城市内のレストランで昼食。器が金属製だ。箸も金属製であるがご飯を食べるのには使わない(スプーンを使う)。器を持って食べるのはお行儀が悪いようだ。食事はみなどこかで口にしたことがある味で「えーっ」のようなことはない。朝鮮人参酒も出たがこれって慣れるとおいしいのだろうか。
 食事が終わって少し時間があったので、レストランの裏山へ行ってみたら子供たちが遊んでいた。私を見たとたんぴゅーっと逃げてしまった。
 正面の交差点では、人民交通保安員が交通整理をしていた。センターラインはないが道幅はかなりある。
 歩いていたら子供たちのグループとすれ違ったので「アンニョンハセヨ!」と言ったら今度は返事があった。

金日成主席肖像 pins

 北朝鮮では誰もが胸に付けている金日成主席肖像、 しかし謎も多いと聞く。
 指差したり、バッヂとか呼んだりするのは厳禁だ。(「肖像と言うように!」と注意される。)
 案内人はこの件については(日本からの観光客がしつこく聞くから?)神経質になっているのか、質問はあまりされたくないようだ。
 それでも、答えてくれたのは、種類がいくつかあるが、階級・職業などとは関係がない。
 洋服に合わせて選んで付けたりする。(複数持っているのか?)
 買うものでなく頂くものである。
 観光客である我々が手に入れることはできない。などだ。

 案内人の回答は我々の混乱を意図したものなのか、或いは事実なのか、適当にあしらっているだけなのかよくわからないこともあるので・・・。


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